橘家 円蔵(タチバナヤ エンゾウ)
落語家[カテゴリ]:著名人

[カテゴリ]:著名人
1934年(昭和9年)4月3日東京都生まれ。
故、林家三平の「よ、し、こ、さ~ん」に対して、「うちのセツコ」で一世を風靡。
前名、月の家円鏡。
昭和27年に月の家円鏡時代の橘家圓蔵に入門し、昭和40年に三代目、月の家円鏡を襲名し真打ちとなる。高座だけでなく司会やバラエティー番組でも絶え間なくギャグを発してバイタリティー溢れる話術を展開し“円鏡・三平時代”の到来の感があった。
しかし、四十代半ばにタレント的面白落語家から本格的な面白落語家を目指し、落語家としての基礎と骨格を一段と鍛え整えるため、マスコミ仕事を控えて独演会等をスタートさせ、古典に磨きをかけた。
昭和57年に八代目、橘家圓蔵の襲名を機に本格派面白落語家・橘家圓蔵の真価を発揮し、また一つのピークを作り上げた。円鏡時代からの「日常すべてが笑いのサービス精神」は今も健在で繊細にして大胆な粋な江戸っ子である。